【ひなたのこども】第13回 運動会

「運動会」

ぴよ、小学2年生の運動会。

すべてが全力です!

運動会

土曜日はぴよの小学校の運動会でした。5時に起きて久々にお弁当作り。
といっても、子供は教室、家族は校庭か一部開放している校内で食べるので、そんなに気合の入った重箱弁当は要らないのですがね。2年生の出場種目は、玉入れ・徒競走・表現(エイサーの踊り)・リレー(選抜選手のみ。もちろんひよは選抜外)・大玉送り。運動会で私が心を動かされたことは2つ。

1つ目は、ぴよが終始一所懸命だったこと。

応援にしても、競技にしても、踊りにしても。
周りの子がどうしてるかは全く関係なく、本気で応援し、一心に取り組んでいるのですよ。
太鼓を持ちながら踊るエイサーも、まぁ、リズム感などの問題?でキレッキレとは言わないまでも、太鼓をたたくだけの場面でもお尻フリフリ、ノリノリ。
後から聞いたら「前日の練習の時、先生が”リズムに乗って体を動かしたほうが良い”って言ってたから」だって。
低学年ならでは、なのかな?
年齢が上がるにつれて周りに合わせたり、学校行事に対して冷めた目が生まれてしまったりするのかな。

二つ目は、ぴよの悔し涙×2回。

1回目の涙は50mの徒競走で。
6人中3位で私はよくやったと喜んでいたのだけど、3位の旗の後ろに並んでいる時、泣いている!
それを見つけた1年の時担任だった先生が駆け寄り介抱してくれる。
最初は怪我したのかと思って駆け寄ったらしいのだけど、事情がわかってその後しばらくギューっと抱きしめ慰めてくれていました。
1番のテープを切りたかった。その思いが堪えきれなかったみたい。
もともと、ぴよはかけっこ早くないのです。
去年は最下位だか最下位から2番目だかだったし。
でも1番になるつもりで、休日はパパと早く走る練習して、テープを切る準備はできていたのですね。

2回目の涙は総合でぴよのいる赤チームが負けた時。
もうこれはしょうがないわ。
全体の紅白の戦いで負けた悔しさをこんなに大きく感じるなんて、私自身にはそんな感受性なかったなあと。

まあ、そんな数々のドラマも、私はとんを追いかけたりご機嫌とったりで見逃した部分も多いのですが。

悔しいこと、色々体験し、全力で挑んだ2年生の運動会でした。

ぴよ、よく頑張ったね。

【ひなたのこども】第12回 机のなかみ

「学校公開」

学校の机の中身って、子どもの性格出ますよね。

授業参観で見たぴよの机の中身とは、そして隣の男子の机の中身とは?!

学校公開

小学校の学校公開日でした。
授業や休み時間など、地域の人が自由に校内に入って見て良い日。
普通の授業参観との違いは、
自分の子供のクラスだけでなくどの学年・クラスも自由に見られること、
あらかじめ時間割をチェックして見たい授業を選んで見られること、
入学予定の子の保護者が学校の雰囲気を知るために参加できること、
などなどです。でも実際は、2日間のうちの1日は5時間目の後に保護者の懇談会があるので、5時間目の授業参観して懇談会、っていうコースの保護者がほとんどなのですが。

運良くバッチリのタイミングでとんがお昼寝。ときさんに預け、私も5時間目からコースで参加しました。

授業は特に問題なく終了(問題なくっていうかね、まあ、2年生の授業ですからね。子供たちの自由度は相当高く。先生って本当に大変。尊敬。)
懇談会のため自分の子供の席に座る……と同時に、一斉に机の中のチェックと片付けを始めるママさんたち。

ぴよの机のお道具箱は大量の折り紙作品が詰められ、なかなか引っぱり出せませんでした。
まあ、うちでもそんな感じですが。

隣の席の男の子のママさんは、
持ち帰っていない保護者宛のプリント、
テスト、
なぜか空っぽの筆箱、
靴下片方、
泥の入った謎のタッパー…
などなどを掘り出してしまい
「もう無理」
とそのまま閉じてました。

男子の生態から目が離せません。
今後のためにね…。

 【まいぷれかまくらかるちゃー】第8回 紅月劇団石倉正英さん『笑いは化学変化』episode4

紅月劇団 石倉正英さんインタビュー最終回。

どんなにシリアスな物語にも大事にしている『笑い』というエッセンス。『笑い』がもたらす強烈な化学変化をしっかりと取り組むことも芝居の醍醐味。

前回、作家、里見弴が設計にも携わり想いを込めた旧邸宅、西御門サローネで開催された『grotesque~一休の地獄太夫』の公演では、お客さんから、鳥肌が立つほどの内容のアンケートがあったそうです。さて、その内容とは…。

前回好評を博した、紅月劇団の作品『grotesque~一休の地獄太夫』を西御門サローネで2018年7月21・22日に再演されることが決まりました。

観客にとってその舞台は決して見やすい場所だけではありません。しかしどこに座っても、そこでしか感じられない特別なシーンを用意しているとか!このPodcastを聴いてぜひ楽しみに来ていただきたいと思います。

第1回インタビュー 第2回インタビュー 第3回インタビュー

紅月劇団HP

まいぷれかまくら『grotesque~一休の地獄太夫』

【まいぷれかまくらかるちゃー】第7回 紅月劇団石倉正英さん『演劇はアナログな芸術の最後の砦』episode3

紅月劇団の石倉正英さんインタビュー3回目

演劇と映像の違いは歴然としたものがある。それこそが紅月劇団の目指すところなのかもしれません。劇団を運営してゆくにあたって東京と鎌倉の違いとは。新たな新境地へ踏み込んだ一枚の絵画から想起した作品など、今回はより紅月劇団の作品の本質的なテーマについてお話していただきました。7月21(土)・22日(日)に上演される『grotesque~一休と地獄太夫』も幕末の画家による1枚の絵から物語が作られたそうです。

紅月劇団HP

第1回インタビュー第2回インタビュー

 

 

【かまくら篆助のきたかま歳時記】第9回(ひ路花episode1)

甘味と日本ワインと鎌倉野菜をメインとした食事処『ひ路花』のご紹介。

お店を始めた経緯をお聞きしています。レンガを敷いた路地を進むとお店はあります。右が甘味の入口左は日本人ワインの入口です。

庭には色とりどりの花が咲き見ごたえがあります。

毎週土曜日19:20~19:30鎌倉エフエム放送中の【かまくら篆助のきたかま歳時記】Podcast版。
落ち着きのある街、北鎌にある篆刻専門店『かまくら篆助』の篆刻家、雨人(うじん)が送る大人の時間。北鎌倉の個性的お店を紹介しながら、雨人のしっとりとした語りとオリジナルの音楽で癒しの時間をお送りしています。

 

【ひなたのこども】第11回 修行?

『修行?』

子どもの毎日はまさに修行!毎日が新しく知ることばかりです。

ぴよが朝、出発直前に「今日算数ないからいらないや!」と言ってランドセルから抜き出していった算数のノートと教科書。

バタバタと登校して一息ついたところで、何気なく算数のノートを覗いてみました。

「二等辺三角形」
「リットル」と「デシリットル」

おぉ、結構本格的な勉強になってきている。

1年生の時は「100までの数」とか「くりあがりのない足し算」とか、あまり勉強しなくても自然に身についていることの確認みたいな感じだったのだけど、
2年生の2学期ともなれば、もう立派な「算数」ですね。
もうすぐ掛け算の九九に入るらしい。

私は根っからの文系で数字が苦手なので、ちょっと危機感を感じ始めました。
質問されても分かりません。お風呂のお湯は何リットル?とか。

それと同時に、1年生の時のことも思い出し不思議な感覚に陥りました。

1年生って、すごく基本的なことをお勉強するんですよね。
「時計の読み方」
「数字」
「ひらがな」
道徳では「順番を守る」「仲良く助け合う」「”ありがとう”と”ごめんね”」なんていうのも。
なんとなく身についていても間違っていたり、個人差があったりする内容をきちんと授業で身につけるお勉強。
特に時計の読み方はしっかりわかっていない子が多かったらしい。
未だにひらがなも間違えたりするし。

そう思うと、低学年の子達は、読めない字も多く、時計も読めず、集団生活の基盤となる想像力も未熟なまま、小学校という集まりの中に投入されているわけです。

修行だなあ。
大人だったら不安で仕方ないでしょうね。

これが「不安」である、「恐怖」である、と気付いてしまった繊細で思慮深い子が、学校嫌いになってしまうのかもしれないですね。

ひなたのこども

【まいぷれかまくらかるちゃー】第6回 紅月劇団石倉正英さん『なにも持たずに稽古場に入る』episode2

紅月劇団 石倉正英さんインタビュー(2)

当時演劇ブームの中、初めて演劇に触れたのは大学1年のころ。翌年の大学2年の時には脚本家・演出家として自分の作品を作り始めました。演劇ブームの群雄割拠の時代。石倉青年の作った作品に対する周りの反応はどのようなものだったのか。

演出家として、自分の求めるものを追求することで葛藤が生じた時、新しい演出方法として見つけたこととは。

紅月劇団HP

紅月劇団 石倉さんインタビュー(1)

 

 

【ひなたのこども】第10回 子供時代を追体験する。

「子どもの頃の感情の記憶」
大人に「どうする?」と聞かれた時の私の感情を思い出しました。
うまく生きられなかったあの頃の感情の記憶です。

子供のころの感情の記憶

最近自分が子供のころの感情を、色鮮やかに思い出すことが多くなりました。

ぴよととんの子育て中であることはもちろん、演技のワークショップで小学生~中学生を間近で見る機会を得たこともあると思います。

つい最近蘇ったのは、「大人に質問されたとき」の感情。

これは、先日のワークショップで風邪気味で体調悪そうな女の子がいて、先生に「具合悪い?できそう?」と聞かれたんだけど何も答えず、先生もほかの子たちもちょっと困ってしまった、というシーンがありまして。

その場は、日頃から気配りができて女子力の高い中学生のお姉さんが優しくサポートし、「見学してる」という答えを本人から導き出してくれて収まったのですが。
(こういう資質のある女の子、今でも本当に憧れます。)

私はといえば、大人なのに、ただ見守ることしかしなかったわけですが。
あー、大人なのにね・・・。

そんな自己嫌悪な感情もありつつ、ワークショップが終わって帰路につきました。

いつものように演技レッスンで得た充実度満点、目から鱗の内容を脳内で反復していると・・・、なぜかあの体調悪かった女の子の立場に私は入り込んでいました。

大人から、「どうする?」と聞かれたとき。

子供のころの私は、何も答えられませんでした。

なぜかというと、自分が大丈夫かどうか、考えても本当に分からないから。
やればできそうな気はする、だけどいつもと違う体調であることは確かで、これが「大丈夫」に当てはまるのか、「やめたほうが良い」に当てはまるのか。
このままやったらどうなるのか。やらなかったらどうなるのか。
先生は、ほかの子たちは、母親はどう思うのか。
・・・・そんなことをぐるぐる考えて。

普通なら、適当な見切りをつけて答えるわけです。
「大丈夫」とか、「見学してる」とか、「帰る」とか。
大丈夫かどうかは、医者じゃないし、子供だし、分からないのは当然で。
どうしたいか踏ん切りをつけて、「適当に答える」ことができるわけです。大抵は。

でも、私は、自分で言葉を使って発信することは、本当に正しくなければいけない、責任の持てることでなければいけない、みたいに多分、思っていて。
責任の持てないことは言えないのです。
だから黙ってもじもじとしてしまう。

特に大人や集団に対して。
仲良しの友達との会話では、そんなことはありませんでした。
そこが幸いだったな。

そんなシーンを何回か体験しているのでしょうね。
「私の答え待ち」の、圧力に押しつぶされそうな、シーンと静まり返った空気を、その中でグルグルグルグルと考え続ける私を、なんだか鮮やかに思い出してしまったのです。

自分の中の問題なのだから、外から見て正しいかどうかなんてないはずなのですが、そこまでは分からなかった。
きちんと正しいことを答えなきゃ。
先生から、みんなから、親から、そうだね、正しいね、と思ってもらえる答えを言わなきゃ。
自分を適当に発信することはいけないことだと思っていた。

あ、今回のワークショップのあの女の子は、私とは違うと思いますけれどね。
たまたま具合悪くて答えられなかっただけ、かもしれない。

大人になって、やっと、良い意味での「適当」の大切さが分かるのです。
今でもまだまだ、適当に対するコンプレックスは持っているのだけれど。

一つ思い出した。

小学校5年生ぐらいのころ。
授業?HR?で、給食の白衣のたたみ方が議題になってて。
「普段どうやってたたんでいるか、前に出てきてやってみて」と先生が言い、私を含んだ数名が当てられて、みんなの前に出たのです。

もちろん、私は自分でいつもやっているたたみ方がありました。
でも、それが正しいたたみ方かどうか分からない!と思ってしまって。

ほかの子は適当にたたんでスムースにこなす中、私は白衣を持ったまま、どうしてもたたむことができなかった。
いつもやっていることなのに、どうしても手が動かない。

私だけ教壇に残され、みんなが「できないの~?!」とざわつき始めます。

業を煮やした先生が「もういいよ。普段やっていないとできないんだぞ。いつも丸めて入れてんのかー?家のお手伝いとかしないんだろー。」とか、ちょっと冗談めかして言い、私は席に戻ります。

みんなが笑う中、私はニヤニヤするしかない。

いや丸めたことなんてないし。
たたんでるし。
家の手伝いするし。
という思いの中。

悲しかったけど、悲しさを出してしまったらまたそれがクラス単位で問題になってしまう。
なんだどうした?となってしまう。
それはごめんだから、ただニヤニヤして、ほとぼりが冷めるのを待つ私。

当然先生からは「引っ込み思案」「自分では何もできない」「いつも人の影に隠れている」「お母さんは甘やかしすぎなのでは?」と評価され、通知表にも書かれるわけです。

今考えると、どうしようもなくアホですね。
結果的に自分が「できない子」レッテルを何重にも貼られていくことになるのに。
それぐらい分かっているだろうに。

このエピソードをはっきり覚えているということは、自分なりに精神的ショックが大きかったのかもしれない。
自分に対する評価を気にするが故の行動なのに、かえって自分の評価を下げまくってしまう、ままならない自分。

こんなことを思い出したから、どうってわけでもないのですが。
アホだったなあ、と思うしかないのですが。

大人になった今、子育てをする今、子供に触れる機会の多い今、
私は子供の世界を追体験しているわけです。

【まいぷれかまくらかるちゃー】第5回紅月劇団 石倉正英さん『舞台の音楽を生音にこだわるわけ』episode1

2016年には結成20周年を迎えられた紅月劇団の主宰者石倉正英さんのインタビュー。現在鎌倉で紅月劇団の舞台は古民家や古い喫茶店など制約のあるスペースでの公演を行っています。演じる方も見る方もそれぞれの立ち位置からしか感じ取れないものがある、正に借景劇です。

学生の頃に観劇した衝撃的な演劇との出会から、脚本家として作品を作りたいという奥底の思いが沸き上がってきました。今回は群馬県に居た頃のご家族のことや紅月劇団の結成について、そして演劇という芸術作品の終わりのない道を選んでゆくことになるまでのことを語っていただきました。

 

7/21・22『grotesuque~一休と地獄太夫~』(まいぷれかまくら)

紅月劇団ホームぺージ

【かまくら篆助のきたかま歳時記】第8回(コンロランepisode4)

【かまくら篆助のきたかま歳時記】Podcast版

今回の『かまくら篆助のきたかま歳時記』は世界中のかわいい雑貨が揃うコンロランさん特集の最終回。

コンロランの店主はどのように雑貨を探しているのでしょうか?世界中の雑貨との出会いの旅はどんな風に繰り広げられてゆくのでしょう。旅先の話や雑貨の見つけだし方などを聞いています。

かまくら篆助

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