【ひなたのこども】第9回 子育てと「ながらスマホ」。

子育てと「ながらスマホ」

東大合格者の多くは、親に言われなくても進んで机に向かうと言います。学習意欲の高い子にしたいと思ってもなかなか叶わない、その元凶の一つは「スマホ」だった?!そんな記事を読んで思ったこと。子供の話、スマホを置いてちゃんと聞いてますか?

子育てと「ながらスマホ」

http://president.jp/articles/-/23163

こんな記事を発見!

別に我が子は東大に入らなくても良いけど、(いや、入っても良いけど!)心の安定が学力にまで通じているとは、気が付かなかった!

というか、学力についてここまで考えることに気が付かなかった。

だけど今よくよく考えてみれば、当然な気もしてきました。

学力が高い子が出来上がるっていうのは、幼い頃から学習意欲が高かったということ。

学習意欲はどうやって湧き上がるのかというと、心が安定し自分のやりたいことに素直に取り組める環境にあった場合、子供特有の好奇心・探求心がのびのびと広がって、自ら知ろう、やってみようと思う・・・っていうこと、ですよね。

心の安定はどうやってでき上がるのかというと、家庭で親が「あなたを見ているよ」「大好きだよ」と態度で示し、子供が心から安心する場所を確保することで築くことができる。

勉強にしろ、自律心にしろ、社会に適応していく力にしろ、転んだとき起き上がる力にしろ・・・、基本は同じ原理で成り立っているのだろうな。

学校で「社会」(外の世界)を初めて学んでいる子供たち。

社会は、自分の本能的な欲望だけを通すことは通用しません。

他人の中で揉まれて「自分」が出来上がっていくけれど、その過程には自分を殺したり、理不尽さに耐えたりすることが必要になってくる。

幼い心に容赦なく試練は降ってくるわけです。

試練は辛いこともあるけれど、学校から帰って来て家庭で安心することができたら、つまり「自分は大丈夫なんだ」と思える場所が確保されていれば、子供は試練を糧に、社会で1人で立つ力を身につけてゆく、ということですね。

で、「ながらスマホ」です。

どこで見た情報かは忘れてしまいましたが、

「何を話してもスマホに没頭してスルーする母親を前に、幼い子供が
『ぼく、スマホに産まれたかった。』
とつぶやいた」

という話があります。

その無垢な感情が今後どこへ向かっていくのか・・・想像すると何とも切ない気持ちになります。

上は極端な例ですが、「そんなに私はスマホに依存してないし」と思っていても、子供との会話をついついスマホの画面を見ながらしてしまったこと、誰でも1度や2度はあるのではないでしょうか。

スマホを扱っている本人は、その画面の中に仕事や交友関係や趣味や生活の断片の世界を見ているのでしょうが、
それを外から見たら、ただの「手のひらサイズの金属の塊を持った人」です。

スマホは世界とつながっているけれど、今一番近くにいる人とはつながっていない。

そこを想像しながら扱わないと、スマホは人間を壊す。
大げさかもしれないけど、そんな恐怖を感じます。

さて、自分を振り返ってみる。

ながらスマホでぴよと話すこと、ある!ある!

私はスマホゲームもそんなにしないし、ラインも必要な連絡に使う程度だけど、それでも衝撃的なほど思い当ります。

例えば夕飯のレシピを検索して、今関係ないレシピまであれこれ保存することに熱中したり、
たまたま見たサイトのニュースの見出しが次々気になってネットサーフィンしてしまったり。
そういうのって、罪悪感ないから子供の前でもやっている。

ぴよたちの世代は産まれたときからスマホがあるから、スマホが生活の中に組み込まれていることには疑問も不満も感じないでしょう。

ただ、そこに付け入ってしまう大人のズルさ!

私もそうだ!

ながらスマホに限らず、「子供の話を聞く」ということの大切さ、深く刺さりました。

私は「ながらとん」も圧倒的に多いわけですが。
とんもぴよとの話に巻き混んで楽しむのが理想かもね。
理想と現実は噛み合わないこと多いけど。

まずは!
どんな場合でも、
ぴよが私に話しかけてくれた時は、ぴよの目線からの私の姿を想像しながら会話をしてみよう。

【ひなたのこども】第8回 個人面談。

ぴよの学校の個人面談。

学校でもぴよは我が道を行っているらしい。ぴよは先生の言葉で心に留まることがあると、覚えていたり、実行したりする。たとえ自分一人でも。個人面談を機に、改めてぴよを尊敬したお話。

個人面談

ぴよの学校で個人面談がありました。ぴよの担任の先生情報:30代男性・新婚!

最初の話題は勉強関係。
国語も算数も、テストでは8割程度採れているので特に問題はないでしょうとのこと。
まあ、平均点自体80点ぐらいなんだけどね。

私が見ている限り、どちらかといえば算数のほうが好き&得意そう。
算数の間違いはケアレスミスが圧倒的だし(見直ししないから)。
掛け算が始まっているけれど、掛け算の考え方を学んだら自然と割り算の考え方も浮かんでくるらしく、計算できてしまう、ということがあるし。

国語は作文が苦手。
夏休みの日記でもそうだったけど、書きたいことはあるけれど何からどう書いてよいか分からない、書いてみても「書きたいことはこうじゃない!」と思ってしまうと筆が進まないらしいです。
なので私が
・誰とどこへ行ったか
・何をしたか
・何が一番楽しかったか
・発見したこと
などなど、箇条書きして「この通り書いてごらん」と言うと、どうにか書き始める感じです。

それを先生に言ったら、「家でも勉強を見てくださっているんですね。ありがとうございます。」とお礼を言われ、ちょっとびっくり。
私は全然勉強見ていないほうで、作文は書けなくてベソかくからやっただけなのだけど。

でも、先生の立場からしたら、そうなのかな。

授業はよく手を挙げて発言しているらしい。

というのも、今学期の目標が「授業に参加しよう」らしいのです。
ただ座って聞いているだけなのは「出席」、自分から思ったことを発言したり、授業に積極的に加わっていくのが「参加」だよ、と先生が最初に言ったそうで。
たぶんそれがぴよの心に響いているのでしょう。
クラスの目標なんだからやらなきゃ、やりたい、と感じて積極的に参加しているのだと思います。

ぴよは興味ないことは平気でスルーするけれど、心に留まったことは努力して実行しようとする、という場面がよくあります。
例えば運動会のダンスで、先生が「体でリズムとったほうが良いよ」という一言が残ったらしく、みんな棒立ちになりがちな間奏部分もぴよだけノリノリだったし。
ほかの子は関係ない、自分一人でもやりたい、やったほうが良いと思ったことはやる。
我が子ながらこの姿勢は本当に尊敬しています。

そして友人関係も、特に問題なさそう。
休み時間は女子と遊んでいることが多いみたいです。
折り紙やったり、鉄棒の練習したり。

最後に、先日の予防接種を異常に怖がって医師にも心配された、という件を言ってみたんだけど、
「うーん、注射は特別ですからね、痛いし、針とがってるし、病院の雰囲気も独特で緊張するし」
「ぴよさんは良くも悪くも一度思い込むとそれを変えることがなく、怖いと思ったら自分でますます怖くしてしまっている、という面もありそうですからね」
確かにその通り!
先生は子供のことをよく見てくれているのだな、と、改めて思い、感謝と尊敬を感じました。
その先生の分析を聞いて、そういえば歯医者さんが怖くてずっとダメだったのに、違う歯科に行ってみたら全く怖がらずむしろ楽しく通うようになったな、と思い出しました。
来年は予防接種の医療機関変えてみよう。

こうして個人面談は終了。
私と対極の性格なぴよ。
学校という社会で我が道を行くぴよに憧れの気持ちを感じた約15分でした。

【ひなたのこども】第7回 明らかに認める。

『諦める』の本当の意味とは?本当は、前向きなベクトルを持った言葉みたいですよ。男の子は『諦める』が大切?!

明らかに認める

「男の子育児は、『明らかに認める』→『諦める』ってことらしいよ」
とひろさんが言いました。

最初、「もう大変なのはしょうがないから諦めるしかない」って意味なのかと思って
「えっと、さっきの何だっけ。明らかに諦めるだっけ?」とか聞いてしまったのだけど。

後から気になって、考えたり調べたりしてみました。

そもそも「諦める」は、仏教的な観点からすると「明らかにする」「明らめる」という意味を持つらしいです。

一般的に使う「諦める」は、途中で断念する(未練は残る)、投げ出す、望んでも叶わずそれ以上望むのを止める、というようなマイナスのニュアンスを持つけれど、「明らかにし、それを認める」ことは非常に前向きに響きます。

明らかにして、それをそういうものだと認めた物事について、「ああだったらよかったのに」と思う気持ちは残るにしろ、「ああしておけば状況がかわっていたかもしれないのに、失敗した~~私のバカ~~」という悔いの念は少ない気がしますね。

やることなすこと、謎だらけの男子。
もっとも今は2歳児ならではの謎が多いけど。
プラレールの電車をありったけ小さな袋に入れて持ち歩いたり、
ブロックや積み木をとにかく高く長く積み上げることに執着したり、
気に入らないとどこでもひっくり返って30分ぐらい平気で泣き続けたり、
服の毛玉をむしって食べたり、
などなど。

この「明らかに認める」が効いてくるのは、思春期男子かもしれませんね。

家庭で親が「明らかに認めて」いれば、自分探しの旅にわざわざ行かなくても済むかもしれません。

これまた体のでっかい男子に反抗されたり無視されたりしたら、心穏やかではいられないんだろうなっていうのが容易に想像できるんだけど・・・。